shuhuugoo’s blog

等身大の 心の旅 ~自己観察 家族観察 いのちの観察~

心の断捨離エッセイ


      

 『内側の視線』

 

6畳の居間には大きすぎる婚礼家具。10年前の引っ越しで、二竿だけ実家から運び込だ。1畳分に座る強引な配置。今は動かす力もない。

赤みのある焦げ茶。色はとても気に入っている。横長の引き出しを、毎回両手で必死に押し納める。空気圧で違う引き出しが少しだけ出てくる。職人さんの腕が見える当時では上等品だ。

7段の引き出し夫の衣類が大半を占める。セーター類を一着ずつ、丁寧に入れた25年前。それとは違う匂いの、下着や普段着。はちゃっちゃと敷き詰める。少しだけ、後ろめたさを引きずりながら。今の夫は何もわない。

会話のないマスオさんとの、窮屈な3年は色褪せた。開放感に選んだ道は、人前に立つ仕事。度胸と声だけは買われているようだ。その間、何度も回ってきたPTA役員。ひとり親女性PTA会長など、田舎ではまず聞かない。当て職もあり、夜はほとんど居なかった。母親としては失格。本当はもっと前、「三つ子の魂百まで」の言葉が突き刺さる。

毎日泣いていた。まだ時々泣く。これからも泣くだろう。それでも今はテーブルを囲み、目を合わせ会話をしている。しょっちゅうバカ笑いもする。

 物には想いが宿っている。見守るでもなく、息子の背もたれになり、私の視界の右側を占め、ゴロンと横たわる夫の頭上に、ただそびえる。公営住宅は狭い。持て余しているのは、大きさでも重さでもない。引き出しの内側にある、変わらない丈夫さ。変化を求めフラつく私は、じっと見られている。

過去の戒めを自分でわざわざ運んで据えた。自業自得が染み込んだお気に入りの桜材。もうしばらく居てもらおうか。

 

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事故後、自分が生きていることを知った瞬間、心が「無」になりました。その延長で帰宅した時の家の中の物が執着心の塊に見え、それまでの自分が疎ましくなりました。

押し入れにしまったままの物、しばらく着ていない服や日用品まで、活躍の場をくれる人のところに…と、ほとんど売りました。

婚礼家具は、色んな面で無理でした。

どうしようかと眺めていて、湧き出た気持ちを綴りました。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

心のリハビリのためにも、大切な作業となっております。

不定期ですがこれからも載せてゆく予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

(2019.8.11 改行箇所修正)

 

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