シュフウグーの 主婦エッセイ

等身大の 心の旅 ~自己観察 家族観察 いのちの観察~

雑記ブログ卒業? その後の方向性

 

「書く」という動作が難しいと 記事構成作業も億劫になる



今更 この場で弱音など吐いたところで 何も変わりはしないのだけれど…

正直 頸椎のダメージがここまで日常を狂わすとは想像もしていなかった

 

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☆始めにお伝えしておきます

今回は本当に長文です

(表示は4000文字を越えております)

読み進めてくださる方は お時間に充分余裕をお取りいただくとありがたいです

m(_ _)m

 

今回の記事はつぎのとおり

    ↓ ↓ ↓ 

 

 

 

1.「ペンと紙切れ」

今は 声を文章にしてくれたり「書く」ことにこだわらなくても 色々便利な機能が人の日常にある

 

それでもペンと紙切れを近くに置いて 何か閃いたとき 仕事依頼の連絡が入ったとき 買い物リストなど…いつでもササッと書きとめたい

この「ササッと」が キーボード入力や音声入力ではニュアンスが違っていて 心地よくない…

 

かといって 使っていないのかと言えば 現にブログの記事投稿も こうして毎日キーボード入力でパチパチ弾いている

 

2.「生活とリズム」

私は 書くときのリズム感が好きだ 人の動きとして可能なことは すべてといっても良いくらい常にリズムを意識していたと思う

 

人との会話 言葉選び 台所に立ったときの動線上のあらゆる運び 洗濯物を取り込むとき 今は歩くときの歩幅の刻みも…

 

思い起こせば 車中が事務所代わりでほぼ毎日200㎞を移動していた道中の 例えばカーブを効率よく走るときもそうだった

 

あらゆる動作にリズムを持ち歩いていた

言うまでもなく「私の」リズムなので その時に関わる例えば「人」が心地よいのかと言われれば 否定も肯定もしない

 

3.「心を吐き出す」 

今は痛みがリズムを遮る

手に力が入らないと 具材を刻む包丁を途中で置く…中途半端に置くから脳の信号も不意打ちを食らうという表現が正しいのか その先に描いた動作まで一瞬止まるから 独り言でゆっくり先導してやって また動作の流れにのせてやる

それは当然 すぐに「ヤツ」に遮られるのだけれども…今はその繰り返し

 

袋のマジックカットがマジックカットとして活用できないから 改めてハサミを取り出す それほどまでに指先に力が入らない
まだ言ってしまえば そのハサミを取り出し あの二つの輪っかに指を通す動作も 今イメージしながら文字に起こすだけでイヤな電気が身体を走る

 

V字の切り込みの心遣いでさえ 頭で描いた過去の経験どおりにスパッと切り離せないとなると 億劫でも最初からハサミを取り出す選択を今は迷わないまでになってしまった

生活のすべてにリズムを携えていたいのに あらゆる動作によって身体に馴染みのない苦痛が走るのは ストレスでしかないと言いたいのが本当のところだ

 

「両卵巣卵管全摘出」によるホルモンバランスの影響や 多少の加齢による影響もあるのだろう

あらゆる要因が重なって「私」が思わぬ方向に変化していくのなら それが生身の人間である証拠だし 人間らしくていい

今のそのままを受け入れて 前に進むことにする 

前に「進もうと思う」ではダメなのだ 「進む」のだ

…ここでも兄の静かな一喝が

乾物を水で戻すようにその存在を前面に押し出し膨れる

 

4.「そして前進」

 ①どこへ向かって進む?

この部分で ずいぶん彷徨っていた

これまでのすべての記事に目を通しても 誰に何を伝えたいのか まさか八方美人が記事にまで及んでいるとは…更年期症状も手伝ってか 全身から汗が噴き出た

 ②そもそもエッセイの練習は?

正直 目をそらしている日がほとんどだ

それはエッセイが好きではないわけでなく その先にあるナレーションのための頭の体操のようなものだから エッセイではなくエッセイの「練習」という位置づけ

つまり 現場に戻ることが大前提の「リハビリの一部」だから

 

事実 ご専門の先生方から見る「エッセイの下手さ」は横に置いといても 作っているときは戻って来れなくなるぐらい夢中になる

まだ 何十作もあるわけではないから 胸を張って「エッセイと生きてゆきたい」とまで声を張れないが…楽しいのは事実

 

これは公言することではないのだが このエッセイ(練習)は「作成→ボスの添削」という流れになっている

逆にボスがこの記事の存在を知ると 怒り心頭に発するだろう

 

それでも 私のエッセイは淀みなく私のエッセイだから 本当はエッセイの「練習」なんて言葉は この場合においては屈辱でしかない…おかしいだろうか…思い上がっているのだろうか

 

おそらく3作目を添削してもらったあたりで ボスは気がついている

職場復帰よりも この子は「物書き」に進みたくなっているはずだ と

 

「心配している」…確かに心配してもらっている 身体の心配?復帰の心配?離れてゆくのではないかという心配?どれも正解だ

勘違いも甚だしいと言われても 最低この3要素は入っていて まだうぬぼれてみれば 3つめのウェイトはかなり重いのではないかと思ってしまう

 

人の ましてや上司の心の内をどうしてここまで推測できるのだろう

きっとそれは 上司ではなく「私」

私の心の内だから…

 ③復帰?

慶弔に関わる職業なので言葉は慎むのが本来だが 現場に入ると勝負は早い

怒鳴られようが 睨まれようが 心を鬼にして本数こなせば(ご当家も含め 関係者の皆様ごめんなさい)一家を養うぐらいはすぐに稼げる

 

言葉が汚くて 本当にごめんなさい でも 事実なので…

 

ただ その代償も大きく 心身ともにボロボロになるし 不器用な生真面目人間は 今回の私のように 居眠り事故を起こして働けなくなるのがせいぜいだ

 

夫の収入が内職程度で 今後もサラリーマンに戻る気がさらさら無いと確認したのだから 腹をくくって現場復帰…と 通常なら 歯を食いしばるのだろう

 

「仕事」は 自分が出せる最高の状態でのぞみたいのだ

まあ 常識と言えば常識の「仕事に対する姿勢」か…

 

百歩譲って マイクを持ってステージで…と言うなら 不本意ながらマイクと原稿を落とさないように 口角を上げて何とか やり過ごすだろう

実際 今週末も 来週末は二日連続で依頼をいただいている

 

もう一方(具体的な職業は文字にしません お察しください)の場合の司会者は マイクを持っていれば良いわけではないし 他の司会とは全く別物である

20年近く司会業を続けてきて 実際に一番驚いたのは自分自身だったから…

 

ご近所さんから距離を置かれるほど褒められて持ち上げられて ご依頼の皆様から信頼もいただけている中で…

お役所や学校の子どもたち相手に出張講座にも呼ばれ定評いただいているにも関わらず

この世界(お察しください)に足を踏み入れて これまでの私が全否定されたような感覚に陥るほど通用しなかった

 

それほど「別枠」なのだ

 

ただ どこの世界もそう 現場はキツい

これも重々承知で敢えて次に挙げてみる

 

仮に 今の私が現場に入ると何が起こるか

 

・白手袋の装着がスマートにできない

・ライターの着火ができない

・写真を落とす可能性「大」

・紙のページが開けない

・取材の書き取りができない

・階段の上がり降りに時間がかかる

 

ある会場では 司会者ではなくアシスタントとして入ることが多々ある

上に挙げただけでも 品物で言えば「欠陥品」だ

この状態で 現場復帰? たまたまこの記事を目にされたご関係の会場のかたは 間違いなく同じ思いを抱かれることだろう…どうかウチには来ないでくれと

 

ご心配なく…

 

ぼちぼち身体を慣らしに出てみるか…など 私の中では 皆無

中には そのようなかたもいらっしゃるかも知れない…お金の為に

 

私には無理だ

 

復帰も皆無に近いのかも(言葉にすると それに向かっていくので怖い)

 

結局ここに落ち着くのか…

  

5.「雑記はどうする」

 ①卒業

そもそも今回の記事は このブログの方向性を本来の目的に軌道修正するための いわば整理作業だ

長文を自分で追いながら 胸のつまりを吐き出すこともできた(ただし 記事でのみ)

では前記事から堂々と「雑記卒業」などと文字にしているこれはどうするのか

 

ブログはこのまま続ける

「続けたい」ではなく「続ける」

 

時代遅れの顔文字も 自己満足の料理写真も 夫の愚痴も どれも可愛らしいではないか…投稿すれば それで満足できているのだから

 

それらの心を宿した記事は そっと大事にカテゴリに納めておけば良いことだ

卒業=距離を置く でなくて良い

文字を並べながら

そう気付いて良かった

 ②THE 記

「雑記」で何が悪い…

雑記の何に 自分が引っ掛かっているのか

 

確かに 諸先輩方のマニュアル記事でも 雑記に関する色んな解釈や活用法など あるいは いやいや特化した記事を…など様々なアドバイスがとても参考になる

50数記事ほどの実績で何語る…と言われそうだが 過去記事を振り返ってもカテゴリ分けすらしづらい「雑記」だらけなのは確か

 

ふと 気がついた…

雑記の「雑」の文字のイメージ

この文字に対する固定観念が 私の前にある道にモヤをかけている

 

では心の中で「THE 記」だと思っていれば 記してきた一つ一つに より可愛さが増すのではないか

そうだ そう思うことにしよう

(既に 同じ考えもしくはタイトルをお持ちのかたがいらっしゃいましたら ご容赦ください)

 

「雑記」にプラスのイメージを持つ

 

 

ここまで文字にしてみると

前記事・本記事を介して 自分がどうしたいのか…本当は分かっているのに 無理矢理押し込んでしまっていたことにまず 涙腺が緩んだ(エッセイの件辺りでヤバかった)

 

と言うことは…

時の流れに身を任せ エッセイと向き合う

エッセイの「練習」ではなく 自分に素直に「エッセイ」を…文字を旅すればいいのだから 練習などと思わず 文字と向き合うことにしよう

 

6.みなさまへ

我がことで ここまでつらつらと想いの丈をぶつけて参りましが もしも もしもすべてを読み進めてくださり

「ん~ どうしても言っておいてやりたい!」

「我慢ならん!」

など ご感想やご意見おありのかたは お寄せくださいませ。

勉強させていただきます。

ただし 誹謗中傷の類には滅法壊れやすいshuhuugooでございます。

どうぞご理解のほどよろしくお願いいたします。

 

長文お付き合いいただきありがとうございます。

 

shuhuugoo