シュフウグーの 主婦エッセイ

等身大の 心の旅 ~自己観察 家族観察 いのちの観察~

あるようにしか動かないもの

「でね…あんたについつい全部言ってしまうけど」

母は 畑作業の休憩がてら昨日も電話をかけてきた 大概そろそろ切り時かなとお互いが察したぐらいのタイミングで結構深い話題が沸きあがるもので 人というのはそうしたものだろうとそのまま聴いた

「どうも今期の数字が思わしくないみたいでね…9月締めだからこないだ結果が出たらしくて 明日の夕方はスタッフ会議も1時間するんだって」

昨日の話だ 業績チェックが相変わらず速いな…

「行動するねぇ」

妹目線で 声を横に潰して柔らかく返してみた 事が深刻なだけにそうしてみたのだ

 

兄は「PDCAサイクル」のようなものをとても大切にしていて それについては時代の流れの速さとともに様々な解釈や捉え方 あるいはそれを基にした変換採用など枝葉が分かれて巨木化し 気がつくと隣に青々とした「OODA(ウーダ)ループ」という新芽がすくすくと天に向かって伸びていると言ったような背景もあるように見えるのだが…

P…Plan D…Do C…Check(S…See)すなわち計画・実行・確認(点検)といった聞き慣れた作業をこと細かく共有し Aにつなぐ手段や方法あるいは案をスタッフや各農家さんと交わしている これが兄だ

Aは通常Action「動く」の頭文字として 汗する日本の人々の「すべきこと」みたいなものを容赦なくひとまとめに表現したことばに思えるのだが その思いこそが乱暴な気もするので本当は触れたくない 

しかし このAのあり方こそが今日の会議の論点にもなるであろう「鍵」で 兄には対策の手前辺りまでは実は見えていて…多分だが…

だから母が続けて言ったのだ

「兄ちゃんが言ってるんだって 忙しいときには忙しいように追いまくられるように動けるって… 野菜の出荷が少ないときには少ないようにしか みんな動いていないはずだって…」

少ないときに忙しいように動けば確かに隙間時間が生まれて 他の作業に回せるし時間雇用の従業員さんには早めに切り上げてもらうことだってできる

見えすぎてヤキモキしていて 自分の身体はひとつしか無くてと言ったところだろうか

兄はここのところ 他の企業の立て直しを依頼されそちらの「あたま」を任されているため 自分の会社のD・C・Aの部分を実質は義姉が回しているのだ 義姉を決して責めている訳でもないし むしろ足を向けて寝られないと思っている 働き者で頭も良くて何より感じがいい 感謝しても仕切れないほど実家に尽くしてくれている

ただ 現場に「あたま」がいる時といない時の空気感と緊迫感 そこから波及する仕事効率の差は歴然で 監督をしながら自らも動き修正しながらアイデアを生み出す兄スタイルは スマイルを持ちながらその奥の眼光鋭く その鋭さが実は愛情だったりして確実に現場にいた方がいい存在なのだ

「人間だから流れるよね 楽なほうに」

さすがに横潰しの発声はできなくて すっかり口をすぼめた受け答えになってしまった

「まあね 付いてる人がしっかり貯めてるだろうから わたしゃ別にいいけどね」

母だ この開き直り具合をもう少し受け継ぎたかったな…でもあなたもスタッフの一員ですよね 会議の時そのスタンスやめてね 言われるよお兄ちゃんに「士気が下がる」って…

言わなかったが 一瞬でそんなことを考えながら聴いていた

 

OODAループなんてのも アメリカ空軍の戦闘機パイロットの考え方が元だし いろんな思考が丸い地球の上空辺りでつながっていて 漠然といいと思う

PDCAだかPDSだかどちらでも良いが そのような比較対象となりそうなやり方とも グローバルな交差がひとりひとりのウィンウィンになれば 言うことはないのに…

 

片田舎の畑の隅っこから昨日もらした母のひとことが 本当は今朝も 今も私自身を責めているなんて誰も知ったこっちゃないけど あるようにしか動いていないのは私だ

会議の傍聴 したら叱られるだろうか…

ざわざわし始めた みぞおち辺りが動き始めた

 

 

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完全に文章の中で闘った午前中となってしまいました。

 

お読みいただきありがとうございます。

 

次回のお越しもお待ちしております。

 

シュフウグー

 

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