シュフウグーの「語る筆」

等身大の 心の旅 ~自己観察 家族観察 いのちの観察~

SNSと言うけれど…五感は平気?

皆さま、こんにちは。

突然ですが、私はツイッターやインスタグラム、フェイスブックなど、いわゆるSNS全般をしていません。

唯一やっているのがこのブログです。

 

正確に言うと、フェイスブックは昔やっていましたが心が折れて辞めてしまいました。LINEなどは、葬儀の仕事で登録スタッフ同士が連絡を取り合ったり、仕事上の情報交換をするためのツール。不謹慎ですが、県内中を走り回っているスタッフは、とにかく忙しくて時間が勝負の仕事スタイルだったので、これは必須でした。まだ言ってしまえば、ガラケーではこの仕事は厳しいかもと察し研修に入ると同時にスマホに変えたぐらいです。ですが、今は仕事していないのでほぼ使っていません。

 

声の仕事をしているので、正直YouTubeには興味が無いわけではないのですが、その前に、私には向き合いたい「書」というものがあるので、時間が勿体なくて乗っかっていません。これで食べていくという覚悟と稼げるという確証があれば勉強するのでしょうが…。

 

 

世の中は、コミュニケーションのあり方やものの価値観、お金の稼ぎ方など、変化が凄まじくそのスピードにもついて行けているのかいないのかもわからないほど多様性に富んでいます。

どんどん便利になって、買い物一つとってもレジではスマホをかざせば良くて、たとえば小銭を一枚一枚数える…という動作も見かけることが少なくなっています。

会社などでもペーパレスオフィスが謳われ、読書も電子書籍…。

声をかけるだけで音楽が流れたり、部屋の明かりをつけることができます。リモコンすらも要らなくなっているんですから、本当に驚かされます。

今は「AI」とか「5G」とか言われていますよね。

 

 

だけど…

 

 

ヒトって、「感覚」をもっている生身なわけで…

第六感は別の話としても、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚は、ちゃんと作動している自信、皆さんはありますか? 私は…不安だなぁ。

文明の利器にどっぷり浸かって、今のいま人間の身体がどうにかなるとか言うものではないとは思いますが、たとえばページを送る指の感覚、紙の厚みや質感、本の匂いなど…。五感で吸収する学びや喜び、成長ってたくさんあると思っていまして。

そういった動作が便利なものによって減る、あるいは必要なくなった先に予想できる言葉は「退化」だと思うんです。目・鼻・口のパーツの凹凸がなくなり、顎もほっそり尖っていく。胴体肢体も筋肉が減り、ひょろひょろの頭でっかちに…。

想像するだけでゾッとします。

 

これまでにも何度か記事のなかで述べましたが、私は交通事故で全身打撲の後遺症があり、いまだに握力が戻っていません。10ヶ月前の出来事ですが、当時はペンを握ることもできなくなりました。今も筆圧が要るボールペンやシャーペンは使うのが億劫なのですが、何せ昔から「書く」ということが好きだったため、一瞬でもそれをたたれたという現実に相当ショックを受けました。

あるとき「筆なら筆圧いらないか…」と思い立ち、それまでも持ち歩いていた筆ペンを更に私の一部として意識をし、「筆文字作品」をつくることで距離を縮めることになり今に至っています。

作品をつくるときの「書く」だったり、筆を使うときにセットで必要となる墨の「匂い」だったり…あるいは、半紙の表と裏を確かめるときのザラつき具合、すなわち「触感」であったりと、現物を肌で感じながら受ける刺激は、脳と心に膨大な幸せを注いでいると思うんです。

私は、ヒトの身体の研究者でも学識経験者でも脳科学者でもないので、その辺のことは詳しく知りませんし無責任な言葉は発せないのですが、間違いなく言えるのは、自分の心と身体が幸せだと伝えてきているんです。

 

文明は加速度を増して発達し、表面的には「動作」の必要がなくなって、良いように思えるのですが、きっとどこかで、振り返りの時代も必要になってくるのではないでしょうか。ヒトは五感を研ぎ澄まさなくなったらヒトではなくなる気がするんです。

 

スマホも便利なように使えばいいし、私自身、使っていてとても役に立っています。

 

ただ、書くことは辞めたくないし、墨の匂いも嗅いでいたい。筆の運び具合でかすれの形を楽しみたい。スケジュール帳は紙のページを送って今月を開きたいし、書き込みたいのです。

五感が働かなくなる時代なんて来てはならないと思うんです。

 

だから私はこれからも書きます。

「全身」で筆を楽しみます。

 

 

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ウィルス感染や森林火災、世界各地でたちまち広がる様々な出来事に、ひとつの星(惑星)であらゆる命が共存することの厳しさのようなものを感じ、人として生かされていることに、今回の記事内容が心を埋め尽くし、アウトプット作業も兼ね載せました。

最後までお読みいただきありがとうございます。

次回のお越しもお待ちしています。

 

シュフウグー

 

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