~綴る 伝える 語る筆~「るふで」ブログ

等身大の心の旅 そして 書

「書」を通して進むことの確認作業

こんにちは。

実に10日ぶりの投稿で、少しばかり「浦島状態」のシュフウグーです。

 

今回はこの状況が起きていることの理由に触れます。

 

 

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交通事故で自宅療養が始まって10ヶ月を迎えようとしている今、事故の程度や状況にもよると思いますが、正直ここまで長引くとは思っていませんでした。

事故内容は敢えて述べませんが、事故現場の住民の方達の間でも「あんな事故で生きているのが不思議…」とちょっとした話題にもなったようです。

 

この一件で始まった整形外科の通院も、ある時期から診察内容が「身体の状況を伝えて処方する薬の種類を変えながら様子見」の状態に固定化されてきていました。夫も息子も手術でお世話になっている主治医で、主婦業が滞ることに対する主治医なりの配慮もあり、入院をしない方向で診てもらっていました。なので、毎回少し会話をして終わり…。待合2時間、診察3分のこともザラで、しかも予約してのこの所要時間。

月に一度のサイクルなので、さほど負担ではないのですが、時間もお金も無駄遣いをしている感覚が日を追う毎に増しまして…

 

おまけに、外傷がほとんどなく見た目にはとても元気そう。楽な日はなんだかいつまでもサボっているような錯覚にも陥っていました。それまでがめまぐるしく走り回って働いていたし、同じように今も走り回っている先輩や同期の姿が思い浮かんでしまうんです。1週間で1000㎞平均ですから…。トラックの運チャンかい!

 

ですが、実際には生活の一つひとつの動作がままならず、中身の入った鍋をひっくり返したり、洗濯ばさみをつまみ広げることが出来なかったり、おろし金やスライサーも使えない(これは本当に予想外で驚きました)。何もない所でつまずくなんてことはしょっちゅうで、あらゆる動作に未体験の痛みが伴い、プラスαで力の入らない「からだの不思議」を思い知ったわけです。

 

とは言え、身に降りかかった事実に塞ぎ込んでいても何も始まらないし、一度発症している「適応障害」がちょっとしたきっかけで再発することは充分理解していた(医学的・心理学的にはどうなのかよく分かりませんが)ので、前を見るように、外に出るように意識を向けて生活をしてきました。

 

そうそう、今回のタイトルにも繋がることですが、当初、ペンを握る動作も難しくてこれだけは克服したいと始めたリハビリ感覚の筆ペン作業。ポチ袋や色紙作品を地元で販売したことで、年明けの展示会開催まで動きが膨らみ、ついに次のステップか?と少々急ぎ足になってしまいました。

 

いやいや…

 

処方された薬は真面目に服用していたので、今思えばとてもよく効いていたのでしょう。麻痺していた…という表現のほうが正しいのでしょうか。いずれにせよ、ウォーキングも習慣になって、回復しているような気持ちでいました。ただ、それは気持ちであって、身体の状況は平行線を辿る毎日。

 

時系列的に話が前後して申し訳ないのですが、半年過ぎた頃のある日、この状況を心配してくれたのが、乳牛の牧場を経営しているステージ音響の知人。仕事上ひどい腰痛と付き合ってきて、信頼できる整骨院で「治った」と。えっ?腰痛って治るもの?そこまで断言できる?と失礼ながら半信半疑になりかけ、すぐに聞き返しました。「え?治ったんですか?!」

 

治ったそうです。

 

すぐに紹介してもらい、初診の段階で「信頼できる整骨院」に身体で納得。

当然、整形外科には通わなくなり、必然的に薬の処方もなくなるわけで、習慣化していた毎食後のロキソニンの服用は終了。体内を巡っていたその成分も完全に抜けきるタイミングを迎えるのですが、その時が来て、ようやく身体が受けた衝撃がどれほど大きかったかに気づいているのが今です。

 

とにかく半身が痛だるい。

 

ウォーキングも、家を出て3、4歩目ぐらいで足裏からの衝撃が肩甲骨まで伝わり、異常事態に今はストップがかかっている状況です。薬、どんだけきいとったんじゃ!!

 

確かに辛さは激減します。激減しますが、薬が身体に負担をかけることは間違いない。だから、手足がぶら下がっているだけで体力が奪われそうなこのだるさも、薬ではなく「整えること」を切望し、足繁くマジックハンド先生の元に通い回復を目指しているところです。

 

決して整形外科の先生を非難しているわけではないですので、そこのところは誤解のなきよう…。

 

ただ、本気で治していきたい!と思ったとき、私の価値観で言う絶対条件は、やはり「信頼」です。なんでもそうかも知れませんね。今回のマジックハンド先生に寄せる信頼は、どうやらそこらじゅうに滲み出ているようで、吸い込まれるように母も通い始め、最近は息子までも自発的に通っています。裏を返せば、身内は故障者だらけ…と言うことのようですが(^_^;)

 

 

 

余談はさておき、そんな「振り出しに戻る」あるいは「今頃気づいたか」状態の身体の悲鳴と付き合いながら、それでも前に進んでいると信じたくて、今回大きな決心をしました。

 

「書」の作品の公募にチャレンジします。

 

詳しくはまだ公開できるタイミングではないので控えさせていただきますが、調べるととても大きな展覧会のようです。

実はすでに目の前に取り寄せた書類があるという…。無謀なのは承知で、応募申込書の記入も、ほぼほぼ埋めました。

 

こういった行動を起こすのは初の試みで、薄々予想はしていましたが、申込(審査)の料金だけでも万の単位。天地がひっくり返って入選したら展覧会への出品料が更にその2倍、3倍するという…。それだけの価値がついてくるということなのでしょう。

天地がひっくり返っては困りますが、天地をひっくり返す勢いでチャレンジしても、バチは当たらないでしょう。

やるからには本気で挑みたいじゃないですか。

そして、動いている、進んでいる、という何か確認作業のような場面も求めているのだと思います。それが、タイミング的に「書」だった…と言うことなのかなと。

生まれ育った環境が「前を向く、汗をかく」の姿勢なので、やっぱりどこかでそれを求める、その生き方が落ち着くわけです。

 

 

それにしても、額縁の決まりや作品の大きさ、様々なルールがあって、書類が届いて内容を理解するまで、一日では足りなかったです。読解力の問題もありますが、私の入り込む世界ではなさそう…と尻込みをしてしまいそうで、独特の勢いが書面からビンビン伝わって、ようやく今日ぐらい見慣れてきた、という状況です。

 

数え切れないほどいる作家さんの実力を見せつけられ、見事に、且つ、いとも簡単に散っていくのも経験なのかな、と、身体の痛みと心のワクワクを攪拌させた状態で興奮気味に過ごしていると、記事更新の間隔が10日も空いていたという、何とも失礼な状況になっていたのです。

 

そもそも、二つ以上のことを同時に出来ないという不器用な一面がありまして、一つのことに集中していたいんです。そして、その先にある達成感を味わいたいんです。結果はボロボロでもよくて、それが成功なら尚良くて…私の場合その限界がひとつ。ひとつが終わったら、次のひとつ。そうやって生きてきました。

 

私の今の仕事は、身体を治すこと、前に進むこと、様々なきっかけのつながりで得た「書」の作品づくりを地道に続けることだと改めて心に落とすことができました。

 

これからも飛び飛びながら記事更新は続けていきますので、皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

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今回は思いがあちこちに枝葉を広げ、羅列具合がいつもに増して半端ないです(^_^;) 

 

にもかかわらず、最後までお読みいただきありがとうございます。

 

次回のお越しもお待ちしています。

 

シュフウグー

 

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