~綴る 伝える 語る筆~「るふで」ブログ

等身大の心の旅 そして 書

都合が良い宇宙の新参者

 

シュフウグー改め、るふでです。 

 

「マスク」「コロナ」「速報」「手洗い」…ここであげるのももういいですと言いたくなるほど、意思とは関係なく飛び込んでくる単語、情報。

とても深刻な状況ですし必要な情報ではありますが、情報の渦に飲み込まれて溺れているわけにもいかず、暗く悲しい気持ちのままでは皆、心まで風邪をひいてしまいます。ちゃんと顔を上げて、晴れ間を見つけてそこに向かって進まなくてはいけません。

 

私は稼ぐことができない身体なので、出来るところまでの家事と目指すところの書家に近づけるよう、基本から日々を1ミリずつ歩いている状態です。

無謀な公募にもチャレンジすべく準備中です。催事はことごとくキャンセルや縮小開催になっている様子で、この展覧会もどうなるのか見当もつきませんが、心配ばかりして自分自身が何も進まないのが一番ダメだと思います。到底入選は望めませんが、それでもチャレンジはしても咎められることはないでしょう。

 

そのような思いを抱いて過ごしているので、時に不謹慎とも思える前述の「単語」「情報」を雑音と表現してしまう気持ちが少なからずあることをお許しください。

 

 

書に向き合うとき、イメージする環境は「静寂」ではないでしょうか。私の理想もそうですし、そうでなくては最大限のものを作り出すことが、苦行レベルで困難だと思います。これは書に限ったことではないでしょう。

そんな理想は理想として、我が家では、夫が家にいるときはずーっとテレビがつきっぱなし。部屋数もあるわけではないので、同じ空間で筆を持つしか方法が思いつかないのが現状です。

 

人という生き物は都合がよいもので、自分が聴きたくない音・声・情報の諸々は「雑音」として振り分けてしまいます。

 

私も例外なくどうやら「人」のようで、テレビの音声が皮膚に届いた瞬間、雑音に変換される時間が今はほとんど。静寂が前提の書の作業時間が長いということもありますが。

かといって、お道具を全部持ち出してどこか別の場所で…というのも、故障したこの身体では難しいし、出来たとしても家出レベルの荷物になると思います。

 

 

都合が良いのが人ならば、雑音じゃない方の音で雑音が聞こえないことにすれば良いでしょう…とイヤホン装着でYouTubeの癒やしの曲の類を流しながら作業をするのですが、本当に集中している時って、雑音じゃないほうの音も聞こえなくなるんですよね。

 

何も聞こえていない「無」の空間は自分の意思で作り出せるのか!?

 

ちょっとスピリチュアル的な内容に寄りそうですが、その辺詳しくないので触れるつもりもありません。苦手な方はご安心を(^_^)

 

ただ、一つだけ事実を述べますと、たまたま昔から持っていた写経セットを引っ張り出し、小筆の練習をし始めて4行ぐらい書き進めた辺りで、

「速報です。新たに広島でも感染者が…」

と耳に飛び込んできて、恐らく何もせずテレビを見ていたら、「え!!」などと驚いていただろうし動作的な反応も見せていたと思います。

 

 

ちなみに、昔から持っていた色褪せた写経セット

見本をジャバラに折って使っています。

m(_ _)m(値札もリアルに黄ばんでいますね…)

 ↓↓↓

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そもそも、写経にはお作法があります。

決してこのような環境でするものでは無く、筆を持つ前に手を洗い口をすすいで身を清め、線香を焚いて空間を清める。そして、硯(すずり)で墨をすりながら気持ちを鎮め集中してから取り組むものです。漢字一文字一文字が仏さまですから、とても有り難い「行」というわけなんです。

…が、…

前述の通りの環境で、ついでに言ってしまえば空間を占拠し、くゆっているのは我が家の場合、黄みがかった煙、タバコです。その都度換気扇を回して、対抗しているぞサインを全身でアピールしますが、今となってはそれが日常のルーティンのようになって、夫が目にする「見慣れた光景」です。

 

もう、この時点でアウトな環境のなか、それでも集中しまくっていたのでしょう。ついに県内でも発症!…とも思わず、事実を静かに聞き入れて抜けていった感覚。あれ?今、もしかして「無」だった?いつもの私ではないぞと不思議な思いをするひとときが、このお写経中にありまして…。

 

お、なんか…るふで、ヤバくね?と思わないでくださいね(^^)

 

でも、人は都合が良いのですから、裏を返せば、気の持ちようで乗り越えられる壁がたくさんあるってことでしょう。

苦しいことや悲しいことからなかなか抜け出せなくて、もう投げ出したい!と思う気持ちも湧いてそれも人たる自然な感情ですが、そこから這い上がって進む努力も人であることの面白さであり、醍醐味だとも言えると私は思います。

 

そうやって今日も、自分自身を奮い立たせて生きています。

 

争ったり慰めたり、地球上の営みは宇宙の中の塵にも届かない大きさですから、そんなちっぽけな惑星の中で何やってるんですか、私たち!って思います。

 

 

湿っぽく終わりたくないので…

先日いただいたお見舞いの花束の枯れそうになった先っぽの部分を撮っておいたので(ややこしい…(-.-))載せておきます。

 

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グラスの中の輪ゴムとか茎の処理とか、見えなかったことにしてください(^_^;)

 

 

 

書を通して、学びが絶えない現状に感謝(^^)♪

 

 

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最後までお読みいただきありがとうございます。

 

次回のお越しもお待ちしています。

 

るふで

 

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