~綴る 伝える 語る筆~「るふで」ブログ

等身大の心の旅 そして 書

優先順位と欲と理性

 

こんにちは。るふでです。

 

今回は、つい最近母から返されて吹き出した一コマを記事にします(^_^)

 

 

 

今、私の一日の行動の大半は「書」。

教室に通う訳でもなく、手元に教材があるかと言えばそれもNo。

 

身の丈がブレーキをかけているのか、とてもケチ(ケチの概念はおいといて)なので、教材購入もしていません。ですが…

時々宣言して、自分に喝!入れます。

 

「書家」目指しています(^^)

 

頭の片隅に、先輩や同期スタッフが今日もバタバタ走り回っている姿を思いながら、考えてみてもどうにもならない光景を押しやって、です。

来月で自宅療養が始まって丸1年を迎えます。

同期ながら付き添い指導に当たっていた(ややこしいです(-.-))数名のスタッフからは、LINEで体調を気遣ってくれる連絡が入るのですが、そのコメントの端々に「過去の人」感も受け取れつつ…

例えば「るふでさんほど丁寧に時間をかけて教えてくれる人はいなかったよ」とか。「居なくなっても、るふでチルドレンだから!」とか。

嬉しい!うれしいですよ。

ただ、皆の中で、私はもう戻ってこない人になっているようです(^_^;)

 

つい言葉の細かいところを拾ってしまい、こちらも「古巣」感が大きくなっているのが正直なところ。あるいは、私の戻る気持ちの無さが、取り巻く動きをそうさせているのかも知れません。いや、きっとそうでしょう(/_;)

一年の節目としても、来月は事務所へ出向いてボスにごあいさつする予定。ボス、ゴメンナサイ!

 

物理的な身体の回復が順調なもので無ければ、そこで立ち止まっているわけにはいきませんから。進まなくちゃ。

 

だから、書家を目指します。

 

 

時代に沿って活用できるところはしようと、動画配信されている書家先生の指導の様子を一時停止しては筆ペンを持ち、丁寧なポイント説明を聴きながら、その通りにやってみては手応えを感じながら…とにかく納得するまで練習。時々、画面の上の方に「会員募集中!」とか「通信教育生徒募集中」とか出てくるメッセージの誘惑に乗っかりそうになりながら… まあ、この調子だと近いうちにポチッと押しているでしょう(^^)

 

筆ペン練習をひとしきり終えたら、小筆に持ち替え写経に時間をかけます。

昔から持っていた写経セットが「般若心経」なので、これをそのまま使っています。般若心経の写経は、タイトルの10文字を含めると漢字が276文字なのですが、この一文字ひともじの「はね」「とめ」「はらい」と言った筆の運びに全神経を集中させると、半日かかっても全部書き終わる自信がありません。一行17文字を続けて集中するのもまだ怪しいぐらい、それはそれは時間がかかるのが現状。

いつぞやの記事で「筆圧要らないから、筆なら字が書ける!」などと軽口を叩いていた自分を叱ってやりたいです。

ボールペンや鉛筆のように、上から押さえつけるような力は要りませんが、安定性のない筆だからこそ、手の微妙な動きのコントロールが必要だということを、改めて意識できているのです(^_^;)

でも、楽しい。

写経は供養や成就の目的に限ったことではない、理屈抜きの心の整えを手伝ってくれるものだと、少なくとも私は実感しています。

 

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はい、何とも長い前置きでしたが(前置きだったのね)

 

動画やら写経やらと、こちらから都合の良い教材を取りに行くわけですが、その中に「書道と言えば…」の空海のことばも、ご多分に漏れずチョイスしておりまして…。

 

直近では「毒箭を抜かずして 空しく来処に問う」という言葉を練習しました。「どくせんをぬかずして むなしくらいしょをとう」と読みます。

 書の画像は今回パスですm(_ _)m

 

毒矢が体に刺さっていることに「誰がこんなことをしたのか」と犯人さがしをしている間に、毒が体じゅうに回って死に至るという意で、自分を苦しめているのは何か、自分が不運に見舞われているのは何が原因なのか、そんなことを考えているより前に進めと促している文です。上手くいかないとき、苦しい状況に立たされたとき、つい他人のせいにしてしまうことってありますよね。そんな原因追及に時間を掛けるより「じゃあ、こうしてみよう」と次の策を出して前進しなさいという、この説明文も、すべて筆で練習します。

ちなみに、ここまで書いた物を、恥ずかしげもなくYouTubeで投稿し、唯一母が見に来るのです…(^_^;)

まぁそれは置いといて、ちょっと生々しいですが、私の場合だと「夫が働かないから自分が走り回って養って、結果事故って半身故障者だよ」とか。事実、気持ちが苦しくなってどうしようもないときに、母にはこぼすことが多々あります(^_^;)

実家はほぼ皆「前進型気質」で、その中に埋もれているちょっと影有りの私は周りの空気に乗っかって浮いて進んで来た感じ。母は当然、娘のことなのでよく分かっていて、しょっちゅう「前を見よ」と言われます。

 

そんな母が、この「毒箭を抜かずして…」のシリーズを視て、3分ある動画なのにも関わらず、始まって数秒後に「あら、これ、あんたのことじゃん」って。

 

そうですともそうですとも。

だからこそ、引き込まれるようにこの書にも携わっているのでしょう。人とはそうしたものでしょう。私はそう思います。

だって、生きているうちに成していること、起こっていることって、それこそが「行」でしょうよ。乗り越えられるからこそ立ちはだかる「行」。

そう思って過ごすと肩の力を抜いていられる事って、案外多いです。たった49年ですが、そうやって生きてきました。

 

それにしても、母よ。相変わらず直球ですな。

次はどの言葉でストライクいただきましょうかね(^_^;)

 

皆様、るふでの実情はさることながら、世の中の騒動に欲と理性をもつれさせてはいけません。マスク、消毒液等々、本当に必要な人に必要な時に必要な量を…優先順位を考えましょう。

皆、我が身が可愛いですから、つい欲が前のめりになりますよ。そこを、少しだけ「引き」で全体を見渡して、冷静な判断で乗り切りましょう(^_^)

 

 

なにやら文面に、謎の仏門?が見え隠れし始めました。このまま記事をすすめると、どちらかのお寺様に叱られますので、今回はこの辺で。

 

 

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最後までお読みいただきありがとうございます。

 

次回のお越しもお待ちしています。

 

るふで

 

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